Coffee and Contemplation

海外ドラマや映画、使われている音楽のことなど。日本未公開作品も。

女の体は女のもの

今年は妊娠・中絶を描いた映画を立て続けに観た。観たのはたまたまではあるが、この題材を扱った作品はとても多いらしい。中絶の権利が制限されてしまうかもしれない地域もあるのだから当然のことかもしれない。日本も産婦人科学会があれでは他人事ではない。
 
 
12月4日公開の『Portrait of a Lady on Fire(Portrait de la jeune fille en feu燃ゆる女の肖像)』は、それがメインテーマではないが、中絶シーンがある。主役2人のラブストーリーも絵画のように美しいのだが、私にはこちらの方がとても印象に残った。こんなにきれいな中絶シーンがあるだろうかと思った(時代的に手法が古いだろうことは別として)。この作品は全編を通して端役で男が出る以外は本当に女の世界で、妊娠していることもサラッと明かされ、相手の男性には一切触れられない。妊娠している本人がどうしたいかだけを訊かれ、その答えに黙って寄り添う。そのことがどれだけ心地良いか。
 
 
96年の作品だが、『Citizen Ruth』も良かった。妊娠したヤク中のルース(ローラ・ダーン)を巡り、pro life派とpro choice派が一大闘争になっていく。本人の希望はそっちのけで政治利用しようとする人たちの滑稽さを描くコメディだ。結末がああならなかったらルースにとってどうするのが正解だったのか、本当に難しいと思う。ローラ・ダーンがとにかく最高だ。
 
『USムービー・ホットサンド』トークイベントで宇多丸さんが勧めていて気になっていたのだが、アレクサンダー・ペイン監督の未成年性的搾取を告発するニュースで思い出したのがきっかけで観たので、ちょっと苦い気分は残った。

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『Never Rarely Sometimes Always(※邦題追記:17歳の瞳に映る世界)』は、ティーンが親の同意なしに中絶してくれるクリニックのある街まで、従姉妹と2人で旅する様子を描く。妊娠・中絶を描いた作品は多いらしいと書いたのは、この作品が賞を獲った映画祭の関係者が、毎年数あるティーンの妊娠を扱った作品の中でもこれは光っていたと発言していたからだ(ベルリン国際映画祭銀熊賞を獲っているが、どの記事だったか忘れてしまったので誰の発言かは分からない)。
 
ここでも父親の役割はまったくなく、状況を知った従姉妹は無言で旅に付き添う。道中は徹底して淡々として世知辛く、ものすごくまともで丁寧なクリニックの対応と、2人の信頼関係に救われる。
 
 
『Unpregnant』(HBO Max)は、ティーンのロードトリップという設定は共有しながらも、『Never Rarely~』とは対極にあるベタな爽快青春エンタメムービーといった体の作品だ。直後に観るとカーチェイスシーンなどはもはやあまりにファンタジーすぎて笑ってしまうが、こういう観やすい作品でこのテーマを丁寧に描くことは重要だろう。
 
主人公を演じるのはヘイリー・ルー・リチャーソドンで、親友だったけどいつしかつるまなくなったはぐれ者役のバービー・フェレイラが旅のお供になる。ドラマ『Euphoriaユーフォリア)』では体型を気にしつつどんどん殻を破っていくキャットというキャラクターを見事に演じていたバービーが、ここではまた違う方向にはっちゃけた役にハマっている。
 
この作品では妊娠の経緯が語られていた。ヘイリー演じるヴェロニカの彼氏は行為中にコンドームが破れたことに気づいていたが、ビビらせたくなかったから言わなかったと言い訳する。ヴェロニカは「すぐ言ってくれたら緊急避妊薬が買えたのに!」と怒るのだが、全くその通りだ。先日別のドラマでも、男性が途中でコンドームを外し「気にしないと思って」とそのことを女性に訊かれるまで言わなかった場面があった。これはステルシングといって立派なレイプだということをその作品で学んだ。
 
ベタな青春映画らしく、道中では都合よくロマンチックな出会いもあるのだが、この相手の女性がめちゃくちゃかっこいい。誰かと思えば歌手のBetty Whoだった。『Breaking Bad(ブレイキング・バッド)』のジャンカルロ・エスポジートも出てきて、(私が知る限り)珍しく良い人を演じる。
 
ジョークのちょっと狙いすぎた感じが面白くなくなるスレスレで、若干冷めた目で観ていたところもあったのだが、クソな奴はきちんと成敗するし、大事なところではちゃんと大人が守ってくれる安心感が良かった。
 
アメリカでは宗教も絡んでいてよりセンシティブな題材なので、もちろん反発もある。Unpregnantの予告編が公開された時には、HBO Maxのツイートに「非表示」の返信があるので何かと思ったら中絶に反対する過激なリプライが多々付いていた。他の作品でも目にした人も多いと思うが、アメリカのドラマや映画でクリニックに中絶しに行くシーンでは、必ずpro life派が建物の前で抗議活動をしている。あのような中で身の安全を気にしながらクリニックにたどり着かないといけない辛さと、時代遅れの危険な方法が主流の日本の中絶の酷さをつい比べてしまう。
 
どれも男性にこそ観てほしい作品だが、こうテーマとして押し出しているとなかなか観てもらえないのかなとも思う。授業で観せてくれればいいのに。