Coffee and Contemplation

海外ドラマや映画、使われている音楽のことなど。日本未公開作品も。

理想のラブコメを求めて

一年を振り返る頃には年初に観た作品のインパクトは随分薄れているものだが、それでも今年の映画鑑賞は強烈なスタートだったことは覚えている。私史上最強のラブコメ『Long Shot(ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋)』に出会えたからだ。
 
 
ブコメなんてguilty pleasureであって何にも身にならないよな…と以前は思っていたが、ジェーン・スーさんと高橋芳朗さんの連載を読み始めてからは、わりとどんな作品にも学びを見出だせるようになり、ラブコメ好きの自分を肯定できるようになってきた。中でもこの作品を観た興奮を共有できたことがこれまでで一番嬉しかったかもしれない。とにかく、男女のパワーバランス、メッセージ性、テンポ、何においても優れているのだ。
 

 

この連載で提唱されている「ラブコメ映画に必要な4つの条件」は、
 
1. 気恥ずかしいまでの真っ直ぐなメッセージ
2. それをコミカルかつロマンチックに伝える術
3. 適度なご都合主義
4. 「明日もがんばろう!」と思える前向きな活力
 
だ。私は私でいつか世に出てほしい個人的理想のラブコメの条件というものをかねてから妄想していて、それに照らし合わせてロングショットの良さを考えた。
 

➳おかしなご都合主義がない◎

 
スーさん達の条件と同じで、適度なら問題ない。国務長官が自分の面倒を見てくれた元ベビーシッターであるとか、セス・ローゲン演じるフレッドがボンクラのフリしてめちゃくちゃ優秀であるとか、そんなことは必要だからOK。
 
➳過激な下ネタがない(上映会をして盛り上がりたいため)✗
 
これはまったくもってクリアしていない。セス・ローゲンだから仕方がない。むしろ「誰も傷つけない種類の下ネタ」だとのスーさんの言葉でちょっと見直した。
 
➳時代に沿ったテーマ◎
 
これはもう100点満点といっていいだろう。男女のステレオタイプな社会的役割を単に逆転させるだけでなく、その上で女性蔑視の蔓延る社会で本当に対等な関係を築くことはできるのか。さらに本筋を逸れることなく、セクハラ、白人至上主義、環境問題、支持政党による社会の断絶といった今一番刺さる問題を、時に名指しで批判することも臆せずうまく取り込んでいる。
 
➳アラサーの遊び呆けてないタイプの女子が共感できる◯
 
これは『Trainwreck(エイミー?、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方)』などを観ていて思ったことだが(この作品自体は大好き)、主人公が遊び人タイプ、というかcommitment issueのある女性だったりすると、個人的に全く共感することができない。シャーリーズ・セロン演じるシャーロットはルックスもキャリアもまったくもって身近に感じられるものではないが、誠実な人柄で、仕事が忙しすぎて恋愛関係が続かないことに悩んでいる。こういう女性の方が共感しやすい。また、ティーンや20代前半、あるいは結婚も離婚も経験した熟年者が主人公だったりすると、もう共感とかいうレベルではなくなってしまう笑。
 
さらに言えば、この映画では感情移入の対象はシャーロットよりもフレッドがメインだ。個人的に、同じ記者業で中古マンションをリノベしたような洒落た部屋に住んでいるフレッドへの親近感はものすごく高い。画面の外でどんな交際関係があったかは知らないが、昔ベビーシッターをしてくれていた頃からシャーロットに一途な思いを抱いている一方で、華々しいキャリアを持ち美人の彼女に劣等感もある。シャーロットが彼に目を付けるのもルックスとか単に優しいとかいうところではなく、仕事が優秀だからというのが良い。
 
➳心を鷲掴みにしてくれる親しみやすい相手役◯
 
というわけでこの作品の場合の「相手役」というのはほぼシャーロットなわけだが、いつ何時も誠実でエレガントで、でもフレッドには弱みも見せるし一緒にはっちゃけるシャーロットは、いささか完璧がすぎる。
 
まあそれは贅沢だとして、やっぱり私自身は男性を相手役として見るのでフレッドについて言えば、鷲掴み、というほどのキュンキュンポイントがあるかと言えばそうではないかもしれない。とにかく親しみやすさ抜群で、でも本当に真っ当で言うことはちゃんと言ってくれる、というのはめちゃくちゃポイントが高い。「wantとneedは違う、必要なのはチャニング・テイタムではなくセス・ローゲンだ」と言っていたスタンダップコメディアンがいたが、フレッドはまさにneedを体現したようなキャラかもしれない。そういうフレッドに惚れるシャーロットもまたどこまで好印象積み上げてくるんだと思う。
 
➳インテリアやファッションはしっかり楽しめる△
 
ブコメお決まりの、主人公がお買い物に行ったり大事なデートの前に部屋でいろんな服を試してみたりするお着替えタイムがないのはちょっと残念だ。2人の距離感をファッションで表しているというのは件の連載を読んでなるほどだったのだが、やはりフレッドが正装する前にどんなスーツを着ようかポップな音楽をBGMにお店で色々悩みながら試してみる、というのは画的に地味すぎるのだろうか。シャーロットは職業柄正装すること自体に慣れすぎていて何時もエレガントなので、ドレスのインパクトが少ない。
 
代わりにフレッドがジョークでおかしな衣装を着るというシーンはあったのだが、あれよりはやはりお着替えタイムが欲しかった。
 
フレッドの家は、前述の通り中古マンションをリノベしたような小洒落た部屋で、ひどく散らかっていたりはしない。やはりボンクラのように見せかけて、彼は優秀だしちゃんとしているのだ。ただ心弾むほどポップかといったら違うし、世界を飛び回っているシャーロットの家もほとんど出てこない。やはりラブコメには『Ameri(アメリ)』や『Clueless(クルーレス)』のようなポップさがほしい。
 
➳GOTG並の個性を持った音楽ラインナップ◯
 
GOTGというのは『Guardians Of The Galaxy(ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー)』のことだ。この映画のすごいところは、選曲センスが優れているのはもちろんなのだが、「あっこれGOTGで使われる曲っぽい」とその時代性とテイストを確立しているところにある。『Avengers: Endgame(アベンジャーズ/エンドゲーム)』を観た人なら、『Rubberband Man』が流れた瞬間に「あっガーディアンズきた」となった感じが分かるだろう。ラブコメに限らず、こんな音楽センスの作品がまた現れないかな、と私は常に待っている。
 
ロング・ショットは個性を確立するというよりは、手堅い選曲のイメージだ。『プリティ・ウーマン』への目配せもあるし、クラブミュージックで踊るし、旬のアーティストによるクラシックなラブソングカバーもある。何はともあれBoyz II Menが出てくる時点でもう100点、エンディングがRobynの『Dancing On My Own』でエモいので200点としてしまいたいところはある(ドラマ『GIRLS』視聴者にはわかる)。
 
➳仕事のリアルさ◯
 
行き過ぎたご都合主義と一緒で、なぜその職業の設定なのか大して意味がなかったり、職場の描写にリアルさが欠けていると萎える。仕事のシーンはほとんどなくて恋模様だけでもいいのだが、現実の生活はそうはいかないし、私が仕事が好きだからだ。
 
国務長官のシャーロットの仕事についてはとてもどうこう言える立場ではないが、少なくとも違和感を感じた場面はない。きちんと数字を根拠にさまざまな政治的問題を話し合う様は、むしろ現実の政治家よりちゃんと優秀に見えた。
 
フレッドも白人至上主義団体に潜入取材とか破天荒ではあったが、特にこれはジャーナリストとしてないだろうという点はなかった。欲を言えば、もっと彼の仕事が観たかった。
 
➳適度なカルチャーリファレンス◎
 
欧米の作品はあれこれポップカルチャーに言及するのが醍醐味でもあるが、この作品では特に前年の二大エンタメ巨塔と言ってもいい『Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)』とMCUに触れる場面があったので楽しかった。こういう時、どちらも観ていてよかったと思える。
 
これらの点を総合してロングショットを基準にすると、私がさらにラブコメに求めているのは
➳心を鷲掴みにする相手役
➳可愛いファッションとインテリア
➳個性的な音楽
➳仕事の詳細描写
となる。こんなにあれこれ期待に応えてくれる作品はいつ現れるだろうか。