Coffee and Contemplation

海外ドラマや映画、使われている音楽のことなど。日本未公開作品も。

実話殺人事件モノの新たな道筋を示した『The Investigation』

実際に起きた殺人事件を題材にした作品を観るのがやめられない。ここ最近だけでもデヴィッド・テナントが連続殺人犯を演じた『Des(デス)』、『White House Farm(ホワイトハウス・ファームの惨劇~バンバー家殺人事件~)』、ルーク・エヴァンス×キース・アレンの『The Pembrokeshire Murders』(以上すべて英ITV)を観た。ちょっと前で言えばデヴィッド・フィンチャーNetflixシリーズ『Mindhunter(マインドハンター)』(実際の事件というよりは実在の連続殺人犯が出てくる)やザック・エフロン主演映画『Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile(テッド・バンディ)』、『El Angel(永遠に僕のもの)』もある。

 

なぜそんなにこの手の作品に惹かれてしまうのか。有名な事件だとモノによっては結末を知っていることもあるが、実話と分かっているからこその緊張感と説得力がやはり何より勝るし、皆作りがしっかりしていてうまいのだと思う(『テッド・バンディ』はそうでもなかった)。

 

「やめられない」とか「惹かれてしまう」と書いているのは、実在の悲惨な事件をエンタメとして消費することへの罪悪感が拭えないからだ。どの作品も、被害者への追悼や当時のずさんな捜査への批判、逆に懸命な捜査への称賛、犯罪者心理の解析といった大義名分はあっても、商業作品として世に出している限りやはり事件をセンセーショナルに描いてひと稼ぎしたいんだろうという批判からは逃れられない。何より自分が遺族だったらと考えると、どんな理由があっても事件のことをエンタメになどされたくない。ただでさえ実話のフィクション化はセンシティブになるべきことがいっぱいあるのに、殺人事件なんて一歩間違えば実在の人物を傷付けてしまうことだらけだろう。

 

デンマークのドラマ『The Investigation(インベスティゲーション)』(3月スターチャンネルEX配信)は、そんな中でひときわ異彩を放っていた。デンマークの発明家を取材しにきたスウェーデンの女性ジャーナリストの切断遺体が海から発見された2017年の“潜水艇事件”。タイトルの通りひたすら地道な捜査を描くのだが、最大の特徴は容疑者の顔も声も、名前すら一切登場しない点だ。

 

 

これまで挙げたほかのドラマは、どれも容疑者役俳優の迫真のサイコパス演技が一番の見どころだった。それがこの作品では、取り調べを担当したコペンハーゲン警察の主人公の部下たちの報告という伝聞でしか容疑者の言葉を聞く機会はない。初めての展開だったので、全6話中3話目くらいまではまだ「もったいぶってこのあと大々的に登場するんじゃないの?」と思っていた。極力センセーショナルさを抑えるという点で、これはとても大胆な決断だったと思う。

 

さらに、やっと容疑者を殺人で起訴することができ、いよいよ裁判かと思えば、法廷シーンはすっ飛ばされる。検事役のピルー・アスベック(『Game Of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)』)の活躍を観たい人には残念だが、このドラマのメインはあくまで捜査なのだ。

 

監督・脚本のトビアス・リンホルムは、マッツ・ミケルセン主演の『Another Round(Druk)』の脚本を手がけ、前述の『マインドハンター』にも関わっている売れっ子だ。彼は今回主人公となったイェンス・ムュラー元捜査主任に別のテロ事件について話を聞きに行ったが、潜水艇事件の捜査での科学者やダイバーの活躍や被害者キム・ウォールの両親との友情について聞き、事件当時のマスコミの容疑者のことばかり扱った過激な報道とは違うアプローチで伝えられる物語があると考えたという。

 
I wanted to tell a story about Jens, Kim’s parents and the humanity of it all. A story where we didn’t even need to name the perpetrator. The story was simply not about him.
 

 

キム・ウォールの両親イングリッドとホアキムにも実際に会ったそうで、このドラマは彼らの協力で作られているということが一番の安心要素でもある。制作にあたっての彼らの唯一の要求は、彼らの飼い犬Iso役を本物のIsoが務めることだったらしい。潜水艇を海底から引き上げるシーンでは実際にその時使われた船を使い、当時の実際のクルーとダイバーが出演したという。

 

個人的には今のご時世警察の努力よりは故人の生前の活躍を伝えてくれる作品を観たいが(なので『Once Upon a Time in Hollywood(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド)』は好きだった)、最後にイングリッドとホアキムが娘の名前で女性ジャーナリストを育成するための基金を創設したことが描かれていたのは良かった。このドラマは4人に1人のデンマーク人が視聴し、マスコミも容疑者でなく、ジャーナリストとしてのキムについて報道しだしたという。

 

センセーショナルなドキュメンタリーも毎年のように次々製作される中、『The Investigation』は実際の事件を扱うフィクション作品の一つの誠実なあり方を示したと思う。