Coffee and Contemplation

海外ドラマや映画、使われている音楽のことなど。日本未公開作品も。

『In The Heights(イン・ザ・ハイツ)』の保守的な家族観と画一的な女性像への抵抗感

※自分では重要でないと思う部分しかネタバレしていませんが、作品的にはわりとメインの部分なので気にする方は鑑賞後にどうぞ
 
 
近頃、男女が結婚しました/結婚して子どもができました、という従来的な恋愛観/家族観のエンディングがすっかりダメになった。よっぽどそのことに意味があるか、本筋がそこではなく気にならないような組み立てになっていないと、多様な生き方を提示できるチャンスをまた一つ潰しやがって、と思ってしまう。群像劇でメインキャラクター全員がカップルになり子どもを持って終わるなんてことがあれば、もうその落胆は絶望に近い。5年くらい前まではまだまだそんな作品は多かった気がするけれど、最近はさすがに観なくなったかなあと思っていた。
 
映画『In The Heights(イン・ザ・ハイツ)』の元のミュージカルは2005年初演なので、価値観が古いこと自体への言い訳はつく。しかし、それを2021年にそのまま持ってくるにはそれ相応の理由がいる。
 
この作品の主題は、ニューヨーク・マンハッタンのワシントンハイツのラテン系住民たちのrepresentation、登場人物それぞれの夢や挫折、その背景にある移民社会の現実、故郷とは、と言った部分だ。それら自体はまだまだ普遍性のあるテーマで、だからこそ高い評価を受けているのだと思うし、私も興味を持った。ある意味恋愛要素は重要ではないし、なんならなくても成り立つ話だと思う。
 
それでもこの作品は、男女カップル2組をメインに据えることを選んだ。一番気になったのは、主人公ウスナビ(アンソニー・ラモス)が子どもたちに昔話を聞かせるところからスタートし、最後にその中の一人がウスナビの子ども、しかもウスナビが気になっていて話の中でデートするヴァネッサ(メリッサ・バレラ)との子どもだと種明かしする、という構成だ。
 
幼い頃に住んでいたドミニカ共和国のビーチにある父の店を再び開くというウスナビの夢がどうなるのか、ヴァネッサはファッションデザインの道に進むために街を出られるのか。父親がなんとか捻出したお金で周囲に期待されながら大学に進学したが、マイノリティであるが故になじめず挫折しそうになっている友人のニーナ(レスリー・グレイス)はどのような道を選ぶのか。正直これらのプロットと比べて、ウスナビとヴァネッサの恋模様はどうでもいい。苦悩や葛藤を明かし、励まし合い、夢に向かって前進しながら少しずつ恋愛関係も発展させていくまでは良いのだが、実は恋は成就してました!子どもも生まれてました!なんてドヤ顔で披露されても、今どき何でそんな仕掛けで喜ばれると思ってるの…?としか思えない。
 
ほぼ全ての登場人物がラテン系であることで、女性像が随分と限定されて見えるのも気になる点だ。ヴァネッサもニーナも、ヴァネッサが働くサロンの女性たちも、猛暑という設定だから仕方ないといえばそうなのだが、体のラインが分かりやすいタンクトップやホットパンツを着た、いわゆるセクシーなタイプだ。文化的背景によって多少傾向はあるとはいえ、もう少し多様なファッションの人がいても良かったのではないか。そうした視野の狭さが、今回批判されたdarker skinの登場人物の少なさにもつながったのではないかと思う。
 


一番抵抗があったのは、『Brooklyn Nine-Nine(ブルックリン・ナイン-ナイン)』では無口でクールな刑事を演じていたステファニー・ベアトリスが、ピンクのビキニを着て、サロンの店長のおまけのように(『Mean Girlsミーン・ガールズ)』で言えばレイチェル・マクアダムスではなくその横にいたレイシー・シャベールのように)踊ったりサロンで噂話をしたりするような役回りになっていたことだ。いろんな顔を見せてこそ役者だろう、と言われればそれまでだが、一度かっこいい役を観てしまった俳優がより従来的な女性像を演じているのを観ると何とも言えない気分になる。
 
ステファニーの役は最初店長の娘かと思っていたのだが、この2人は母娘でなくカップルだったらしい。サロンのシーンではドラァグクイーンのヴァレンティーナもカメオ出演している。しかし、言及できるクィアキャラクターといえばそれくらいだ。この作品はプライド月間のイベントで上映されたらしいが、正直もうこんな仄めかす程度のrepresentationでそれは…と思った。
 
家族観の部分だけでなく、肝心の夢の部分も、大した着地はしない。ウスナビは前と何が変わったの?という感じだし、ヴァネッサのファッションデザインは正直言ってダサい。アンソニー・ラモスのラップも好みではないしジョン・M・チュウ監督のキラキラ演出も(『Crazy Rich Asians(クレイジー・リッチ!)』では好きだったけど)合っているとは思えなかったし、もうこの映画は私向きではないと早めに気付くべきだった。