Coffee and Contemplation

海外ドラマや映画、使われている音楽のことなど。日本未公開作品も。

自分たちのコミュニティは、自分たちで描く

ロンドン時代、家のあるEalingと中心部の繁華街の間にあるNotting Hillは好きな街だった。アンティーク市やお洒落な街並み、ヒュー・グラントの本屋のNotting Hillだ。せっまい部屋に住んでいたのでお洒落な家具や置物など買えず、クリケットのボールを買ったのを覚えている。

 
毎年のノッティング・ヒルカーニバルにも遊びに行った。いつもスティールパンを奏でる人たちがいたので、カリビアンルーツの人が多い地域なんだろうなというのは何となく知っていた。けれど、そこにどんな歴史があったかは知らなかった。
 


ノッティング・ヒルを含むロンドンのブラックカリビアンコミュニティに光を当て、彼らの歴史と日常を切り取ったのがスティーヴ・マックイーン監督の映画アンソロジー『Small Axe(スモール・アックス)』(英BBCスターチャンネルEX)だ。『12 Years A Slaveそれでも夜は明ける)』でオスカーを受賞し黒人映画の道をさらに切り拓いたマックイーン監督だが、彼のルーツは西ロンドンにある。彼らの独特の言葉遣いやアクセント、カレーなどの食文化、パーティーシーンをメインストリーム映画で描くこと自体に、どれだけ意義があったことか。放送日のTLは、毎週自分の家族の思い出などを語る人々の言葉で溢れていた。
 

 

 

Mangrove

 

 

『Mangrove』は、1970〜71年の「マングローブ事件」が題材となっている。日本語ではほとんど情報が見当たらないが、小林恭子さんの記事が詳しい。無料部分だけでもかなり背景が分かる。BBCでは放送に合わせ、かなり詳細に関係者のインタビューを含めた特集をしている。
 

 

The Mangroveは当時地域コミュニティの支えだったレストランで、ボブ・マーリージミ・ヘンドリックスニーナ・シモンダイアナ・ロスマーヴィン・ゲイなんかも訪れたという。ここを拠点に集まっていたのがレティーシャ・ライト演じる英国ブラックパンサーのメンバー、アルシア・ジョーンズ=ルコワントら活動家たちで、人種差別的な警察の度重なる横暴に抗議し150人規模のデモを組織、警察署まで行進した。
 
アルシアやThe Mangroveのオーナー、フランク・クリッチロウ(ショーン・パークス)ら、暴動を扇動したとして逮捕され裁判にかけられた9人は、Mangrove Nineと呼ばれた。1968〜70年のアメリカの出来事を描いた『The Trial of the Chicago 7(シカゴ7裁判)』と同じ年に公開されたことが偶然とは思えないほど、公正さに欠ける判事の態度まで状況が似ている。判事役はイラつくしゃべり方がピッタリのアレックス・ジェニングス(The Crownのエドワード王子役)。Nine側の弁護士イアン・マクドナルドはジャック・ロウデンが演じた。アルシアを含む何人かは弁護士を付けないことを選んだため、彼らが雄弁に自己弁護する場面も見どころとなっている。『シカゴ7裁判』のようにドラマチックな劇伴などはないが、ユーモアを忘れない彼らのやりとりに終始目が離せない。
 
Mangrove Nine裁判の公的な記録はなく、地元紙Kensington Gazetteの記者が裁判所に毎回通い全てを記録していたこと、研究者によるインタビューが何時間分もあったことで監督は当時の彼らの言葉を入手することができたという。公文書はちゃんと保管しろよという話なのだが、地域の報道の末端に携わる者としてはとても感慨深い。
 


Lovers Rock

 

 

『Lovers Rock』の舞台はMangroveの少し後の1980年代、Notting Hillと同じエリアのLadbroke Groveだ。当時クラブに入れなかったブラックコミュニティの人達がBluesと呼ばれたハウスパーティーを楽しむ一夜の様子をひたすら描く。ハウスパーティーといっても音響機材は本格的で、50pの入場料をとり、家で仕込んだフードも販売していた。主人公マーサは、夜にこっそり家を抜け出してこうしたパーティーに行っていたマックイーン監督のおばがモデルだという。
 
マックイーン監督の言葉では、当時女性が好むようなsweetな曲がなかったことから生まれたのがラヴァーズ・ロックだ。DJたちが流す曲の中にはほぼフルトラック聴けるものもある。この作品の主役は音楽でもあるのだ。『Kung Fu Fighting』のイントロが流れると、皆ファイティングポーズをとらずにはいられない。そしてクライマックス『Silly Games』の大合唱シーンは、監督から指示したものでなく「皆歌ってくれたらいいな…」と思ってレコードを止めたら本当に自然発生的に歌い始めてくれたらしい。
 

 

楽しいだけでなく、居心地の悪いシーンもある。マーサと友達のパティがパーティーに着くなり男性たちから声をかけられ若干警戒する感じは、クラブなどに行ったことがあれば分かるだろう。パティを探して外に出たマーサがすぐに白人男たちに絡まれそうになる場面もある。そういう危険もすべて含めて、一夜の経験として描きたかったのだと思う。ただ一つこれは…と思ったのは、レイプシーンがあり、止められた犯人がシレッと室内に戻って踊っているところだ。Twitterでも言及している人が数人だけいたが、ストーリーを進めるためにレイプを使わなくても良かったのではと思う。
 
煙が充満していた夜の室内とは対照的な朝帰りの自転車のシーンは、まるでこちらも生暖かい風を切っているかのようだった。今年の個人的ベストショットを挙げるならこれにしたい。
 
 

Red, White and Blue

 
 
3作目『Red, White and Blue』では、National Black Police Association創立者でMBE(Member of the British Empire award)も授与されている元警官リロイ・ローガンをジョン・ボイエガが演じた。夏の間自らもロンドンでBLMムーヴメントに身を投じ熱い言葉を世界に投げかけてきた彼には、彼にしか出せない説得力と迫力がある。
 
イギリスの警察の内部から状況を変えようとする姿は、『Detroit(デトロイト)』で彼が演じた警備員の役とも重なる。良かれと思って黒人と白人の間の橋渡しをしようとしても、白人からは差別され続け、黒人からは「裏切り者」と蔑まれる。
 
妻役は『Misfits(ミスフィッツ)』のアントニア・トーマス。近年アメリカ版『The Good Doctor(グッド・ドクター 名医の条件)』で活躍している彼女を含め、ジョン・ボイエガレティーシャ・ライトもすっかりアメリカが主舞台のイメージだが、彼らのルーツはロンドンなのだ。アメリカ人アクセントが上手いなあ、などと呑気に思ってしまうが、それだけイギリスでは黒人俳優に与えられる機会が少ないということでもある。
 
ボイエガは、マックイーン監督とはもう次の仕事も計画しているらしい。
 

Alex Wheatle

 
 
アレックス・ウィートルは、このシリーズの脚本チームに元々参加していた小説家だ。自身の若い頃をベースにした作品を書いていたが、「スラムをテーマに書く黒人作家」の枠でしか評価されないことに反発し、ヤングアダルト作品を手がけるようになったという。彼もリロイ・ローガン同様MBEを授与されている。(wikiには邦訳本が出ているという情報もあるのだがその詳細は見つからなかった)
 
構想段階で彼の物語を取り上げたらどうかとチームの一人が提案し、監督からは自ら筆を取ることも持ちかけられたが、他の人に書いてもらうことにしたらしい。
 
Shirley Oaks Children's Homeという、後の2014年に1,700人以上の児童への虐待を告発された養護施設にいた彼は、自分のルーツを知らないまま育った。16歳でBrixtonのホステルに引っ越してから、新しい友人たちに言葉遣いやファッション、警察は味方じゃないということを教わる。
 
劇中では13人の黒人の若者が亡くなったNew Cross火災や1981年のBrixton暴動も扱われ、暴動後に逮捕されたアレックスが刑期中に文学に出会い、作家活動を始めるまでを描く。
 
小さい頃に一時期をジャマイカで過ごしたため黒人の政治家も警察官も医者も存在することを知り、自身のルーツへの誇りと将来への希望を持っていた前作のリロイに対し、アレックスはBrixtonに来て初めて入った美容室で「自分はアフリカンじゃない、Surrey出身だ」と言う。後の功績はもちろん彼の努力や才能あってのことだが、刑務所での出会いといい、環境がいかに人のアイデンティティ、人生を左右するかを感じさせる回だった。
 

 

Education

 

 

5作目『Education』の主人公キングスリーは、IQテストの成績が悪かったからと12歳のある日特別支援校に転校させられる。実際テストはイギリスの文化を知らなかったり英語が第一言語でなかったりする移民の生徒に不利な作りになっており、70年代当時名ばかりの特別支援校に行かされるのはカリブ系の子ばかりだったという。
 
キングスリーにはディスレクシアの兆候があったが、学校には動物の鳴き声をずっとマネしている子もいれば勉強に何の問題もなさそうなキングスリーよりずっと歳上の黒人の女の子もおり、皆それぞれのニーズに関係なく同じクラスに押し込まれ、先生には放置されていた。要は差別的な隔離政策がそうと言わずに行われていたのだ。
 
具体的にどの部分とは言っていないが監督自身の経験も混ざっているらしく、リサーチしていくなかでこうした学校の存在が明らかになったという。この状況を変えようと動く団体の女性の一人をナオミ・アッキー(『Star Wars: The Rise Of Skywalker(スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け)』、『The End of the F***ing World(このサイテーな世界の終わり)』)が演じる。
 

 
マックイーン監督の作品を全て観たわけではないのだが、このThe Playlistのレビューが言うように、その幅の広さに驚く。他の作品にあるダークで衝撃的な要素も確実にあるのだが、『Lovers Rock』や『Education』の柔らかい視線が私は何倍も好きだ。
 
これらの物語を語ってくれた人たちが死んでしまう前に映像化し見てもらいたくてテレビ放送にしたと語るマックイーン監督。ガーディアンが『Mangrove』のレビューに「こんな面白い話より先にジェーン・オースティン全作品5回ずつ映画化して、連続殺人犯全員3話連続ドラマにしなきゃいけなかったのか」と書いていたが、このシリーズは本当にrepresentationに尽きる。
 

 
映画祭でお披露目されながら英BBCと米Amazon Primeでの放送・配信だった経緯もあり、映画とは/テレビドラマとは、を改めて問う作品でもある。賞レースでは果たしてどのような扱いをされるのだろうか。
 
最後に、劇中聞き慣れない単語がいろいろあったので調べたものを書き留めておく。実際はもっとたくさんあったと思うけど。
 
cunumunu - カリビアスラングでバカな人のこと
raatid! - 驚きを表すジャマイカの言葉