Coffee and Contemplation

海外ドラマや映画、使われている音楽のことなど。日本未公開作品も。

奴隷制度を終わらせることはできなかったが、奴隷制度を終わらせた戦争を始めた英雄

イーサン・ホーク肝入りのプロジェクトということで楽しみにしていた『The Good Lord Bird』(Showtime)。「狂人」として伝えられることが多いという奴隷制度廃止運動ジョン・ブラウンを、彼が“解放”した元奴隷の少年ヘンリーの視点で描く半フィクションだ。
 
 
7話完結のミニシリーズで、あまりに面白かったので途中でジェームズ・マクブライドの原作小説(とイーサン表紙の雑誌笑)を買った。まだドラマと照らし合わせてパラパラとめくった程度だが、かなり忠実に映像化した印象だ。
 

f:id:coffeeandcontemplation:20201201191420j:plain

 
そもそも私はこのジョン・ブラウンという人をまったく知らなかった。アメリカでも授業では教えないか、教えても無茶な戦いで身を滅ぼしたcrazyな人という一面しか伝えられないという。『The Magnificent Seven(マグニフィセント・セブン)』では元南軍兵士を演じたイーサンは、同作撮影監督のマウロ・フィオーレに「君はジョン・ブラウン役に合うと思う」とこの小説を勧められたのがきっかけで、彼の物語にのめり込んだらしい。
 
話はジョン・ブラウンが処刑されるところから始まり、ブラウンとフィクショナルキャラクターのヘンリーとの出会いへと遡る。奴隷とはいえ父親と共に床屋として働き、それなりに穏便な生活をしていたヘンリー。ある日客として来たブラウンがヘンリー親子の主人といきなり銃撃戦を繰り広げたことで父親を失い、責任を感じたブラウンはヘンリーを一行に引き入れる。その際名前をヘンリエッタと聞き間違えたため女の子と勘違いし、ヘンリーはそのまま女の子(あだ名オニオン)としてブラウン一味の仲間となる。
 
奴隷を解放し自らの元で面倒をみたと言えば聞こえはいいが、いきなり父親を殺され武装した男たちの所へ連れて行かれたのだから、オニオンにとってはとても状況が改善したとは言えない。自分には優しくしてくれるが時に奴隷制度擁護派を容赦なく殺すブラウンが怖くなり、オニオンは幾度となく脱走を試みる。どうしても白人救世主的な話になってしまうのではと懸念していたが、こんなオニオンの視点で描かれるので、そこは絶妙なバランスになっている。
 
高い志を持つが、過激で、無茶で、敬虔なキリスト教信者で、何かと長々と聖書を引用し、動物を愛するブラウン。おそらく本人はいたって真摯なのだがどこか滑稽に見えてしまう感じを、イーサンが熱演する。戦いの度に本当に大仰なスピーチをかますので、その迫力につい惹き込まれてしまう。そんなブラウンたちが本当は男の子であることすら見抜けない(道中で出会う黒人にはすぐバレる)オニオンを演じるのは、新人のジョシュア・ケイレブ・ジョンソン。最初は一歩引いた目線でありながら、次第にブラウンに傾倒していく。
 
『Boyhood(6才のボクが、大人になるまで。)』でイーサンの息子役を長年演じたエラー・コルトレーンも、出番は極めて少ないがブラウンの息子の一人サーモンとして出演し、毎回オープニングクレジットに名前が入っている。そしてイーサンの実の娘マヤ・ホークもブラウンの娘アニーとして第5話に登場し、オニオンの恋の相手となる。フレデリック・ダグラス(ダヴィード・ディグス)やハリエット・タブマン(ザイナブ・ジャー)といった、歴史上の英雄たちの登場も見どころだ。
 
絶妙なバランスではあるが、やはり奴隷解放運動の話で一番目立つのが白人で良いんだろうかというのは頭の片隅にずっとあった。しかし最終話でこの作品は、主役は誰なのか、この戦いは誰のためなのか、決して忘れてはいないというメッセージをそこかしこに入れてくる。さらに第3話を担当したダーネル・マーティン監督のインタビューを読んで、背筋が伸びた。
 
ジョン・ブラウンは自分の子どもたちも一緒に犠牲にしてまで奴隷解放運動に身を捧げた。献身のレベルが違う。

白人がトーマス・ジェファーソンその他のracist motherfuckersを崇拝するのをやめてジョン・ブラウンを救世主にするまで、BLMは白人にとって本当に重要な問題とならないだろう。
 
ジョン・ブラウンはcrazyではない。子どもを親から引き離して殺したり奴隷にしたり虐待する方がcrazyだ、ジョージ・フロイドの首を踏み付けるほうがcrazyだ」